2019年3月13日 (水)

やなわらばーの解散報告

びっくりしました。そして、それもありかなと。

そしてそして、自分も年取ったわけやなと。
さきほど知りました。やなわらばーが2020年12月31日で解散すると。
思えば今から15年前の2004年7月15日に初めて「やなわらばー」の姿を見ました。
場所は京都市烏丸御池新風館での屋外のミニライブでした。
とても暑い日で光も差し込んでいたのを思い出します。二人とも可愛かった!
だって、当時21歳やで!
「青い海~青い空~・・・」三線の響き、ギターの音、きれいな唄声、魅せられました。
追っかけるように、二日後は神戸ハーバーランドで、その二日後は名古屋市星が丘での沖縄フェスティバル出演も見ました。その後も数々のライブを見たけど
あの素晴らしい三日間は絶対に忘れませせん。
やなの友達も出来ました。いまどうしているかな?
これから先は二人は別々の道を歩むそうです。でも、きっと友達のままやで。
どぅしぐわぁーに違いないわ。
りおちゃんは子供も出来て育児しながら、好きな音楽も続けてください。石垣島でライブハウス造ってよぉ。造ってどんどんライブで生計立てて(笑)
優ちゃんはこれからもソロで活動か?でもね、大きな声では言えないけど・・・・・女性の幸せもつかんでほしいな~つまり、ニービチもしてほしいなぁ。親ではないけど、親の気持ちにもなるよ、本当に。実はそうゆう人がすでにおるかもしれへんけど。
本当に今までミーファイユーそしてあと少し、ちばりよ~やなわらばー

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2019年1月 6日 (日)

音楽(歌)とはメッセージを伝えること

僕は音楽(歌)が好きです。

亡くなった父親によると、僕は幼児のころから例えばトイレの中とかで一人で歌っていたそうです。
何を歌っていたのか聞いてませんけど。
母親は、三味線と踊りをその母親(僕にとっては祖母)から教えてもらったそうですから遺伝?もあるのかと。
でもね、僕は子供ころオルガン教室で挫折してます。すぐに辞めました。
50歳ちょうどのころから三線を始めたのは遅かったですね。でも弾きながら歌うのは心地よいです。
音楽には、楽譜とか、コードとか、音程とかややこしい?のがたくさんあり、教本とかみると頭が痛くなりそうです。
「楽しい」はずの「音楽」なのに、なんでこんなに難しいの?音楽って学問なの?って思いますよね。
でも、そもそも音楽って何でしょうか?
僕が思うに、「音楽って、メッセージ」と思ってます。前にいっぺんブログに書いたかな?
文字で伝えたり、言葉で伝えてもいい。
でも、メロディーとかリズムを添えて「伝える」のが音楽って思うんです。
悲しかったこと、嬉しかったこと、あなたが好きでもいい、そう、メッセージなんですよね。
逆に言えば、伝わらないのは音楽(歌)ではない。
僕はそう思います。
伝わらない音楽(歌)ってなんでしょうか?
例えば、楽器の音はリズム感もあってメロディーも良いが、歌っている人(歌手)の声に問題がある点。
声が小さい、逆にがなり立てているだけの声、ハートが込められていない歌い方、そもそも歌詞にメッセージが無いなど。
一方、歌詞はとても良くてメッセージが込められているのに、音楽(メロディー)だけ聞いて「好きじゃない」と即断してしまうこと。ないでしょうか?
伝えたいメッセージ(歌詞)が最初にあって、それに(持続的に聴いてくれる)メロディーが加われば一番いいですね。この二つは眞に「両輪」ですね。
インストゥルメントの曲は、BGMとしてはいいでしょうが、メッセージが込められていない。
メッセージが無い曲は、聞き終わっても「感動」が無いのです。
聴き終わって、自然と涙が溢れてくる曲は、心の奥底から「感動」が沸き上がっているものです。
ある時、ごくありふれたホテルのロビーで聞いた歌は、歌詞の内容が、生前とても良くしてくれたおばあちゃんとの楽しい思い出とか、亡くなってしまったけど愛しているよとかその辺にごろごろしていることかもしれないけど、なぜか聴き終わって涙が出た自分がいました。
「なんでやろ?なんでこんな歌に感動しているんやろ?」そう思いました。
やはり歌には「メッセージ」が必要なんですね。
極論すれば「メッセージが無い曲は音楽じゃない」
そう思っていつも音楽をきいている自分です。

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2018年12月 1日 (土)

石垣島~ムラプール

Dscn5048さて、明けて2018_07_31はムラプールです。

場所は、マイツバオンです。
といっても、わかりにくい。石中の南と言ったほうが良い。「石中」が分からない人は、もっと勉強すること。
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なんてたって暑い。
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ブルピトゥに選ばれた女性がブル棒を雌雄の綱に差し込みます。
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アヒャー綱は婦人たちで綱引きします。
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そのあとは、各地区、各種団体による旗頭が舞い、巻き踊りの奉納があった。あの小さな鐘の音が響く。
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どの組も、先頭は若い子、特に女性が多い。神様もそのほうが嬉しいのだろう。
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旗頭はとても背が高い。
Dscn5068 11団体の演技がつづく。
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ツナヌミンと大綱引きのために約200mほど西に移動することに。大綱を男性が中心に持ち上げての移動となった。僕も当然加勢した。担ぐ人も見る人もとても人が多い。道路の両側は見物客が立ち並ぶ。大綱を運ぶ僕の肩が見物客とぶつかりそうになった。
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旗頭の勢ぞろい。
Dscn5095 Dscn5100 若い女性が抱っこされてます。一年間ご利益があるとされたようですが、担ぐ男性陣の方が喜んでいいる様子です。Dscn5081 Dscn5098 逃げる女性も多い中で、若くてかわいいスカート姿の女性が手を挙げて担がれているケースも。なかなか出来た女性です。
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ツナヌミンは勇壮だった。お顔は見えません。
Dscn5113 ツナヌミンはちょっとした決闘に見えますね、観光客には。
最後に大綱引きでしたが、始まってすぐに無負荷になり、しりもち。
どうやら、雌雄の綱の結び目がほどけたようで、拍子ぬけでした。
ということで、翌日の午前に石垣を飛び立って内地へ。でおわり。

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2018年11月22日 (木)

四か字オンプール、730の日、ニーロー神

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2018_07_30日記。石垣島のゆーぐれなもーるに、ファッションタウンうえはらという服屋さんがある。手ごろな値段でちゃんとした「かりゆしウェア」が買えるお店である。手ごろというのは訳があって、みんさーおりの上等なもの(数万円)ならみねや工房とかみんさー工芸館などあるが、一万円未満で買えるというもの。
ここで、8000円から9000円のかりゆしウェアを2着買った。
さて、写真であるがこの日は「四ケ字のオンプール」の日であった。実は今回の旅行は、これと明日のムラプールを見るのが目的であった。
四ケ字(しかあざ)とは、登野城、大川、石垣、新川という、市街地にある字(おそらく昔は部落というか村というか)のことである。
オンとは漢字で書くと「御嶽」である。「うたき」とも発音するが、この地方では「オン」と読む。では、プールとは何か?
豊年祭は旧暦6月に稲の収穫祭として行われるが、方言では「プーリィー」とか「プール」という。
つまり、四つの字でそれぞれ行われる豊年祭が「四ケ字オンプール」である。
Dscn5029 登野城においては、午後二時から「天川(あまかわ)オン」にてオンプールがあり、見に行ってきた。
最初には神事が行われるが、そのあとは石垣二中とか八重高郷土芸能部の演技もあり華やかになる。八重高のカラード隊の演技はとても御嶽の環境には合わない現代風だがそれはそれで良い。
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ちなみに僕は「マミドーマ」が大好きです。
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場所は裁判所のある通りなんですよ。
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で、昼はこれでおわり。
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ところで、この日は「730(ななさんまる)」の日でしたね。
1978年(昭和53年)の7/30に本土並みに交通ルールが改まった日とのこと。
いや、実はその頃は僕は社会人でもあったのですが、このことは覚えてません。いかにその頃は沖縄に興味が無かったか・・・・です。というのも、そのころは沖縄といえば本土復帰して未だ6年で、旅行費用もめちゃくちゃ高くて、テレビに出てくる沖縄旅行は褐色の肌のビキニ姿のおねーさんが誘っているのですが、とてもおいそれと行けたものじゃありませんでした。だから興味がわかなかったのも無理ありません。
夜は、お友達の真澄さんに連れられて宮良に行きました。写真撮影は厳禁なのですが、「ニーロー神」の中のクロマタ(クルマタ)とアカマタが登場します。
アカマタは男の神様でアカウムティ(赤色の顔面)です。
クロマタは女の神様でクルウムティ(黒色の顔面)です。
この歴史を簡単に書きます。
発祥の地は西表島の古見。
後に小浜島、新城島上地に広まり、1,771年明和の大津波によって多大な被害を受けた宮良村(人口1221人の内溺死が1050人)は、当時人口の多かった小浜島から320人が移住し合計491人でやっていくことに。
その時、小浜島のニーロー神の分祀の形をとり宮良にも上述のアカマタ、クロマタがおられるとのこと。
ちなみに「ニーロー」とは「底の知れざる穴の意味で、すなわちニライカナイの海のはるかかなたの国から降臨する神という意味」とのこと。
    以上は、「石垣市史(平成19年3.28)各論編_民俗下 丸正印刷」から引用
で、実際の神様は体も大きくて怖いです。夜なので不気味さが増します。
各家庭を一軒ずつ回ります。家庭は縁側を開放し、お神酒などを用意しておきます。
近づくと大きなドラの音が響きわたり緊張感が高まります。
どの順番に回るかは、神様の周辺にいる役の人に聞くと教えてくれます。先回りすると何軒かを見ることができますが、決して神様の後を追いかけてはいけません。
真澄さんは子供ころ追いかけて行って、「こらー!」と怒られたそうです。
今日はここまで。つづく

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2018年10月26日 (金)

黒島いこさんばし

Dscn4999いこ桟橋も久しぶり。ちょうど女性が一人で先を歩いていました。あんまりくっつくと変に思われるし・・・微妙な距離感で歩く。

Dscn5000 東屋もある。
Dscn5004 とにかく海は浅く、色はブルー。気持ちいいが暑い。八重山の夏。
Dscn5008 途中。
Dscn5011 これは、どこやったかな?忘れた。言いたかったのは、手すりがボロボロってこと。八重山に多い。
Dscn5013 石垣島へ戻る高速船。
とにかく、黒島って何回来ても、つまり、何にも無い島です。牛さんと共に暮らす島ってことかな?せめて仲本海岸が昔みたいに自由に泳げるならともかく・・・・ってことですね。
つづく。

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2018年10月 6日 (土)

久しぶりの黒島へ

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2018年7月29日。
黒島は前回は2007年9月15日に一泊した記録があります。ここは仲本海岸です。以前はいつでも泳げたのですが、その後海難事故があってから、干潮時しか泳げないようで、それを今回ここにきて初めて知りました。満潮時に泳いだ時は、すぐそばをガーラのような大きな魚がすいすい泳いで気持ちよかったのですが。
干潮では、泳ぎにくくてサッパリ面白くなかった。もう二度と来ません。
Dscn4972 ほらね。
Dscn4974 しかも、ここの売店のおねーさんは遊泳許可時間が来ても姿を見せず、ゆうゆうと遅刻。悪びれた様子もない。何回来ても、離島の人はこんな調子の人が多い。
ライフジャケットも無料貸し出しだが、めんどくさそうな応対。Dscn4975Dscn4977
シャワー施設はあるけど、水だけです。まあ、無料だからいい。
Dscn4987 Dscn4988
黒島中学校。お久しぶりです。
Dscn4981 黒島といえば、牛さんですが、これはかわいいヤギさんです。ヒージャーとも。
Dscn4989 黒島展望台のてっぺんの付近見取り図。
Dscn4992 黒島は、本当に平です。
Dscn4998 さて、自転車で「いこ桟橋」へ。続く。

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2018年8月18日 (土)

石垣島ばっかりでした

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2018年7月28日。これは石垣島のバスターミナル前のホテル。「美ら花」の別館のようですね、そういえば昨年11月には工事中でした。常に新しい施設のできる石垣島。不景気とは別世界かも。
この日は、本土に送るお土産を買いに、ゆらてぃく市場とかスーパーかねひでに行ってきた。パイナップルと島ばなな、マンゴー、黒糖など。
で、夕食はどこも満室で困ったなぁ、と探していたら、「うりずん」という島唄ライブをやっているお店に行くことに。ここも予約でほぼ満席だったが、お店のにーにーが「一人だけなら空いてます。ライブは元ネーネーズの「ヨモチアオイ」が歌いますがいいですか?」と。
僕はネーネーズは知っていたがヨモチさんは知らなかったので「知らない方ですが、OKです」と言って入ることに。
その瞬間、にーにーが苦笑していたが、ヨモチアオイさんを知らないなんて言うんじゃなかったと後悔した。
こうゆうときは、一人旅は得。しかも、ステージの一番前の席。
で、現れた世持葵さんは、めちゃちゅらかーぎではないか。
うちなーじらーではなくて、どちらかというと、ナイチャー顔。地元石垣島出身だそうです。
3ステージ三線も使って唄ってくれました。ミーファイユー。
僕の相席のおじさんは彼女のネーネーズ時代からのファンだそうで、わざわざ東京から来てくれたそう、このライブのために。すごいファンですね。
僕には到底マネ出来ません。
そしてそして、彼女のにーにーがこのお店のマスターだそうで、にーにーは妹の指示?でステージに上がらされて、「涙そうそう」を歌わされました。
にーにー、入店の時、「ヨモチアオイ」を知らない人なんて言ってしまい、ごめんね。
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翌7月29日は黒島へ、続く

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2018年8月 8日 (水)

石垣島2018_07_27

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2018年7月27日、伊丹を飛び立って石垣島に直行、夕方だったのですぐさま三虎さんにて夕食。これはクルマエビの姿焼き。お酒はもちろん泡盛のカラカラ。
クルマエビは地元崎枝湾産であろう。
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シメは石垣牛のサイコロステーキ定食。持参したマイ三線で数曲歌わせてもらった、ミーファイユー。
ますみさんもみわさんもちゃーがんじゅーやった。
とにかく、あちさいびーん。てぃだかんかん。本土よりも涼しい?この時期であるが日差しは殺人光線?日陰に避難してセーフみたいな。
で、夜は浜崎町のホテルで宿泊。
この日はこれでおわり、続く

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2018年8月 4日 (土)

八重山に行ってきました

3日前に、石垣島から本土に帰ってきました。

特に、黒島は11年ぶりの3回目!

また、石垣島の回数が再び那覇市を上回りました。

で、いつものかんころ旅行歴。

沖縄旅行歴:
「沖縄県全域まとめ」

34th 2018/7/27~8/1 石垣島24、黒島3・・・・・・・NEW!

33th 2017/11/2~11/7 那覇市23、石垣島23

32th 2017/3/17~3/21 石垣島22、竹富島17、小浜島3

31th 2016/9/9~9/19 那覇市22、石垣島21

30th 2015/9/18~9/29 石垣島20、竹富島16

29th 2014/9/5~9/15 石垣島19、西表島(船浮・網取・崎山)8、鳩間島3

28th 2014/7/25~7/28 那覇市21、沖縄市、古宇利島2、海洋博公園

27th 2014/3/14~3/17  石垣島18、竹富島15

26th 2013/9/14~9/23 那覇市20、石垣市17、波照間島4、竹富島14

25th 2013/7/25~7/28 那覇市19、沖縄市

24th 2012/9/13~9/17 那覇市18、石垣島16、竹富島13

23th 2012/7/25~7/30 那覇市17、うるま市、沖縄市

22th 2011/12/22~12/26 那覇市16、読谷村、うるま市、恩納村、久米島1

21th 2011/9/9~9/18 那覇市15、石垣島15、竹富島12、与那国島4、西表島上原・白浜・船浮・大原7

20th 2011/3/18~3/22 那覇市14、石垣島14、竹富島11、波照間島3

19th 2010/12/12~12/14 那覇市13、沖縄市、名護市、古宇利島1、今帰仁村、南城市、糸満市=妻と1st

18th 2010/9/17~9/26 那覇市12、石垣島13、竹富島10、西表島上原・住吉6

17th 2010/3/19~3/23 那覇市11、石垣島12、竹富島9

16th 2009/9/17~9/27 那覇市10、石垣島11、竹富島8、小浜島2、多良間島1

15th 2009/2/27~3/3 那覇市9(首里城、識名園=長男と)、石垣島10、与那国島3、西表島上原5、由布島、波照間島2、竹富島7=長男と2nd

14th 2008/9/12~9/23 那覇市8、漫湖公園、海洋博公園等ツアー、石垣島9、鳩間島2、与那国島2

13th 2008/6/27~6/30 那覇市7、漫湖公園、西原町マリンパーク、宜野湾市コンベンションセンター

12th 2008/2/29~3/4 那覇市6、宮古島1、伊良部島1、下地島1、来間島1、池間島1、大神島1

11th 2007/9/7~9/20 那覇市5、うるま市勝連半島、津堅島1、石垣島8、西表島白浜・船浮4、黒島2

10th 2007/6/22~6/25 那覇市4、名護市、本部、宜野湾市、伊江島1

9th 2007/2/16~2/18 石垣島7、西表島上原・船浦3、竹富島6

8th 2006/12/8~12/11 那覇市3、首里城、識名園、南風原町、知念村、斎場うたき、沖縄市

7th 2006/9/9~9/18 那覇市2、宜野湾市、南風原町、石垣島6、鳩間島1、黒島1

6th 2006/5/12~5/16 石垣島5、波照間島1、竹富島5

5th 2005/9/8~9/14 石垣島4、西表島上原・浦内2、竹富島4=長男と1st

4th 2005/7/1~7/3 那覇市1、北谷、残波岬、沖縄市、平和祈念公園、ひめゆりの塔

3rd 2005/5/19~5/23 石垣島3、与那国島1、竹富島3

2nd 2005/2/19~2/23 石垣島2、竹富島2、西表島上原・浦内1

1st 2004/12/4~12/8 石垣島1、竹富島1、小浜島1

久米島=①2011/12/24~12/26(宇江城城跡、畳石、ミーフガー、イーフビーチ等)

伊江島=①2007/6/23~6/24(タッチュー他島全般)

津堅島=①2007/9/8~9/9(トゥマイ浜他島全般)

宮古列島

宮古島=①2008/3/1~3/4

池間島・大神島=①2008/3/3

来間島=①2008/3/2

伊良部島・下地島=①2008/3/1~3/2

多良間島=①2009/9/26 (日帰り多良間島八月踊り初日)

その他旅行歴(最近の分のみ):

③和歌山市白浜 2010/11/23

②和歌山県南紀 田辺、中辺路、本宮大社、速玉大社、新宮、那智大社、串本

 2010/7/19~20(妻と)

①和歌山県南紀 串本、太地 2007/5/12~5/13(妻と)

五島列島福江島里帰り歴:

⑤2017/7/8~7/14(1人):福江島

④1996/8/10~8/16(家族)

③1974/12/24~12/28(弟と)

②1970/3/25~4/2(父、兄と)

①1965/7月~8月(母、兄弟と夏休み長期滞在)

次回からこの旅行記かきます。では。

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2018年5月 9日 (水)

子亀を助けました

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家の前の道路で、とても小さい子亀を発見。
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このままでは、干からびるので、近くの池に逃がすことにしました。
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子亀はスイスイと泳いでいました。
なかなか僕のところを離れずいましたが、こちらから去りました。
大きく育てよ~子亀。

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明石うたの日を見てきた

Dscn4765         

3日前の日曜日は、明石大蔵海岸で開催されたうたの日イベントに行ってきた。
2、3年ぶり?
いいお天気でよかったのですが、最初から強風で、段々とめちゃ強風になりました。
海に近いと言うよりも、ビーチですから余計です。
体感温度も下がり、たまらず1時過ぎには退散。ですから、
ヤンバラー宮城さんのライブは見られませんでした。
沖縄では6月24日(慰霊の日の翌日)をうたの日にしてますが、ここはかなり早めです。
僕も、これを励みにまた、唄三線をがんばります。

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2018年1月 8日 (月)

石垣島~延長戦2017_11_07

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ANAの飛行機がまさかの手配なしというアクシデントから明けた日。

ホテルイーストチャイナシーの一室。とてもいい眺めの室であり、かつての離島桟橋の泊りが目の前。

そして、空港に向かい出発しました。朝早い便を選んだのでこれでよし。

今回の石垣の旅はこれでおわり。

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2018年1月 4日 (木)

国内久々のスキー場は落第点しか付けられない

今日は、このシーズンに国内で久しぶり(14年ぶり?)にオープンしたスキー場に行ってきた。

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兵庫県の姫路市北部の峰山高原のホワイトピークと言うところ。

良い点は、都会に近いことくらい。

悪かった点は多い。

① アクセスの道がヘアピンカーブだらけ。

② 駐車場が除雪してなく、台数も460台くらいで少なすぎ。

しかも、誘導員がいない。

③ 施設が小規模な建物で、食堂も狭く、くつろぐスペースが無い。

しかも、食券式なのに、「何番のお客様、食事のご用意が出来ました」のアナウンスを聞いて受け取りに行くと、従業員は「何番さんはこれです」と指差すだけで食券を受け取らない。「ん?食券は渡さなくてもいいんですか?」と言っても、「要りません」。

あとから、もめること無いんですかね。

これではそもそも食券を渡す必要が無いのでは?

④ リフト乗り場で二人の従業員がおよそ安全確認と違う話(私語?)をしていた。

⑤ リフト乗り場で上手に座席に乗れずにリフトを止めてしまう客も多かった(これ自体は問題なし)が、リフト止まっても従業員は大音響のBGMをストップさせず、客をちゃんと乗せて運転開始の時も「リフトの運転を再開します、しっかりと搬器をお持ちください」等のアナウンスも無く、突然動き出す。

⑥ 5時間近く滑っていたが、コースの安全パトロール員の姿を一切見なかった。

⑦ コース自体も短く、しかも高低差が少ないので、後半はほぼ平らで、スケーティングしないとリフト乗り場までたどり着けなかった。これはかなり大きな減点。

特に初心者向けのコース(イーストコース)は最初だけが坂で、あとはほぼたんたらたんか、平ら!滑るの無理!これはもうスキーコースではありません。

⑧ 3つしかないコースなのに上級コースだけがまだオープンしていない。見たところ滑られそうなくらい雪はあったが・・・・。

⑨ 音楽のBGMがやけにバカデカイ音量。それ以外のアナウンスはほとんど無し。

⑩ リフト待ちの列がすごく長くなっても、「出来るだけ二人掛けでご乗車願います」等の呼びかけも無く、客の単独乗りを黙認する係員。

まあ、いくらオープン仕立てと言っても、研修期間も無かったのでしょうか?

他のスキー場を見学しなかったのでしょうか?

もう二度と来ることは無いねと一緒に行った息子と話をしました。

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2017年12月24日 (日)

石垣島H29_Nov6th~本当は最終日のはず

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この日はのんびりと。実は夕方には関西空港に飛ぶANA便に乗るはずだった。

写真はホテルミヤヒラ前。なにやら工事中。

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東バス付近。

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ミヤヒラ美崎館の建設中。はぶりいいね。

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建築屋なので気になる。ゼネコンは沖縄どころか、全国区。

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こんなところで唄いたい。

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ミンサー号の時刻表。一時間に2便。東バスのライバル?

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浜崎町のドラッグストア。最近出来たようや。ちょっと入ってみたが、中国人がわんさかいて、従業員との会話は当然中国語。別世界。近くの波止場には台湾からの大型クルーザーが停泊していた。なるほど格好の場所。

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八重山舗道・・・良い名前ですね。

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確かに荒れてます。

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デイゴだったか、ガジュマルだったか。

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八重山高校。体育館からは、与那国ぬ猫小の唄三線と共に、踊る女子生徒達の姿も。

いいなぁ。自分がもし女子に生まれ変わったら、この島で踊りたい、唄いたい。

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やえ高ですよ。

ひとますここを去る。

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で、石垣空港へ。

1705発のANAのはず・・・・。

ところが、登場口前で待っていると、急遽ANA便に異変?が。

あなた様の搭乗予定の機材が手配がつかなくなりましたみたいな・・・は?

出発が21時過ぎで関空到着が23時過ぎでみたいな。

そんなあほな!

急遽フロアを降りて、ANA窓口へ。

明日の便に変更してくれと要求。

ついでに関空じゃなくて神戸にしてねと。OK

この日のホテル代と往復のタクシー代もOK

タクシーは僕が要求したわけではない。領収書の発行できる公共交通機関じゃないとだめと窓口さんが言うから仕方ない。僕はバスでも良かったが。

で。

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ANAさんが手配してくれたホテル。ホテルイーストチャイナシー。僕の負担は一切無し。

初めて泊まりました。

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いいですね。これまで泊まったホテルと大違い。東○イ○と比べても元々掛けたお金が違うなぁって感じですね。

建築後の年数はそこそこ経ってるから隅っこが多少汚れていたりしますが気にならない。

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もちろん東○イ○は新しくて清潔感が良くそれはそれで良いのですが。

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物干しバー。この考えはいいです。

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テレビも大きいです。安いビジネスホテルは22型とかだったりしますが、そもそもテレビって今時は36型程度でも値段安いよ。ここは正解。

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で、ゆるご飯はまたもや三虎さんへ。

ま○みさんも、びっくりだったはず。島から居なくなったはずの人が現れたから。

で、追加泊のこの日も終わり。

明日へ。

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2017年12月21日 (木)

石垣島まつり11/5ゆる

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11月5日の夕方。

新栄公園では今か今かと待ちわびる。

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宮城姉妹。いや、生は初めて見る。動きがすごい。沖縄のサンバ。しかも三板を使ってのサンバも。

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サキシマミーティング。下地さんとあらさん。いつみてもパフォーマンスすごい。これが無料はうれしい。そして、会場はのんびりと座って見られる。

これが、本土だと満員であろう。しまんちゅはあくせくしない。

でも、下地さん、年取ったなぁ、人のこといわれへんけど・・・・。

この日はこれで終わり。

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2017年12月 2日 (土)

石垣島まつり

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11月5日、石垣島祭り。市民パレードがあった。

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宮城姉妹とサンバチームが気になる。もちろん、八重高の郷土芸能部とか石垣中学の吹奏楽部も。

知人も踊る。

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先頭、この直後にガレッジセールのゴリさんが歩いていて、彼が僕の目を見てにっこりと手を振ってくれた(気がした)。

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おお、なつかしの真喜良小学校。長男が大学1年の時、一緒に学校を訪問し、校内を案内してもらったなぁ。あれから12年か。

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昼は、なかよし食堂で。ひさしぶり。

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もちろん、八重山そば。ここのは安くて美味しくてボリューム満天。

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三線の生徒達。上手かったよ。ちばりよー。

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踊り最高。

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出た、サンバチーム。中にはお腹の肉がパンツからはみ出た人もいますが、そうでない人も全くここでは関係ない。踊れ踊れ。

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宮城さん?

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この方の後姿、あまりにもインパクトありすぎて思わず撮りました。いや、ここは石垣島、こまかいこと言ってはいけない、みんなで踊れば恐くない!沿道の人も大喜び。カメラ、スマホでパチリパチリ。

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この後、宮城姉妹がすぐ目の前で強烈なサンバのリズムで踊ってくれましたが、すごすぎます。全身が揺れる揺れる。こうゆうのを見ると、女性の特権といいますか、うらやましい。だって男性がこんな格好しても誰も喜んでくれませんから。

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石中のマーチングバンド。全国レベルとか。たしかにすごかった。安里屋ユンタをアレンジしたのは良かった。

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最後を練り歩くのはやっぱりエイサー。石垣島には、沖縄本島からの移民さん達によって伝えられたもの。かっこいい。特に女性が太鼓叩いて飛び跳ねると。女性は、さっきのサンバの衣装もエイサーの衣装もどっちも良い。

で、この後は新栄公園での夜のライブに移るがそれはまた。

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2017年11月18日 (土)

石垣島日記~11/4

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11月4日土曜日、石垣島まつりです。

実は今回の旅行の目的です。23回目の石垣島だが、このお祭は初めて。

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場所は新栄公園。

ちょっと肌寒い。

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ナギーという女性。初めて見ましたけど、歌はうまいし、可愛い。島出身とのこと。

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わーい、イーリスの登場です。やかべ恵子さと妹さん。お名前なんやったかな?べっぴんさんです。


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大工哲弘さんと奥様の苗子さん。
奥様、すごく芸達者ですね。演奏から、踊り、歌なんでもござれ。

この日はこれで終わった。

夜は、八重山そばを食べた。

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2017年11月15日 (水)

大失敗の2日目

その11月3日(金)のこと。

那覇空港から石垣空港への便に乗って着いたは良いが、そこで、貴重品が無いことに気がついた。お札、がま口、カード類を入れたバッグが無い。

どこを探しても無い。飛行機の座席にも無い。思い起こせば、どうやら那覇空港の25A搭乗口付近のソファに置き忘れたよう。しかし、ここは石垣島や。420kmも離れている。これは困った。

飛行機会社の人が親切に那覇空港の総合案内所の電話番号を教えてくれたので電話で聞くと、探し回ってくれた後しばらくしてどこのどなたが知りませんが届けててくれていたそうで、ほっと一安心。しかも現金もカードも全て無事のよう。

とりあえず、着払いで本土の自宅まで送っていただくよう依頼したら、これもOKだった。ありがとう空港の方。沖縄の方は本当に親切と思った。

で、こっちは無一文。どうする?バスにも乗れない。幸い携帯電話はあったのでこの日宿泊する予定の宿のご主人に事情を説明して空港まで迎えに来てもらうよう依頼したが、あっさりと断られた。そりゃ、断るのは自由ですけど、他の方法も教えてくれない。長いお付き合いの方なのに冷たいなぁ。

次にといっては何だがI様に電話するとOKを頂き、車で迎えに来てくれた。しかもお金もお借りすることができた。非常に心苦しいが、それが無いと、旅行中の生活すら出来ない。本当にありがとうございますI様ご夫婦。

そういったハプニングでこの日はつぶれて、後は夕食を三虎さんでとっただけ。

そんな一日。

宿泊は予約していたせいでさっきの愛想の無い宿でしたが、今回のハプニングでここのご主人の本心が垣間見えたので今後はもう一切泊まることは無いですね。

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沖縄へ~久しぶり

11月2日(木)の午後から沖縄に行った。那覇市はなんでも23回目のようやった。

国際通りは前にも増して中国人とおぼしき人達が練り歩き、店員さんも中国語の呼び込み。

もう、決してここは歩く気がしない。

さて、飛行機の便のせいで夜に着いたので、とりあえずどこか沖縄民謡でも聞けるところに行きたいなぁ、でもしっかり食事もしたいし~

「かなぐすく」に行ったが、いきなり「飲み放題」で3000円のコースしかないと言われて絶句。

前は、ゆっくりと選べて出来たのになぁ。金の問題じゃなくて、選択肢を取り上げられたことがショック。それならいいです、と断ると店長が条件をつけて2千円でもいいですよと言ってくれたが、もう気持ちは落ち込んでいたので丁寧にお断りをして後にした。

東町の葵屋に行った。ここでノンビリと食事をしたが、唄三線のサービスが無かった。残念。

せっかく那覇に来たが、以前の思い出が消えて「がっかり名所」?みたいになったことに気づく。

もう、那覇ではもう二度と遊ぶ気がしなくなった。これからは関西から石垣に直行便で行く決意をした。

その晩はホテルに泊まって、翌朝3日に石垣島に飛び立った。

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2017年11月 8日 (水)

石垣島から来ました

昨日、やって来ました。石垣島は3月以来。那覇は1年と2月ぶり。

で、いつものかんころ旅行歴。

沖縄旅行歴:
「沖縄県全域まとめ」

33th 2017/11/2~11/7 那覇市23、石垣島23・・・・・・NEW!

32th 2017/3/17~3/21 石垣島22、竹富島17、小浜島3

31th 2016/9/9~9/19 那覇市22、石垣島21

30th 2015/9/18~9/29 石垣島20、竹富島16

29th 2014/9/5~9/15 石垣島19、西表島(船浮・網取・崎山)8、鳩間島3

28th 2014/7/25~7/28 那覇市21、沖縄市、古宇利島2、海洋博公園

27th 2014/3/14~3/17  石垣島18、竹富島15。

26th 2013/9/14~9/23 那覇市20、石垣市17、波照間島4、竹富島14

25th 2013/7/25~7/28 那覇市19、沖縄市

24th 2012/9/13~9/17 那覇市18、石垣島16、竹富島13

23th 2012/7/25~7/30 那覇市17、うるま市、沖縄市

22th 2011/12/22~12/26 那覇市16、読谷村、うるま市、恩納村、久米島1

21th 2011/9/9~9/18 那覇市15、石垣島15、竹富島12、与那国島4、西表島上原・白浜・船浮・大原7

20th 2011/3/18~3/22 那覇市14、石垣島14、竹富島11、波照間島3

19th 2010/12/12~12/14 那覇市13、沖縄市、名護市、古宇利島1、今帰仁村、南城市、糸満市=妻と1st

18th 2010/9/17~9/26 那覇市12、石垣島13、竹富島10、西表島上原・住吉6

17th 2010/3/19~3/23 那覇市11、石垣島12、竹富島9

16th 2009/9/17~9/27 那覇市10、石垣島11、竹富島8、小浜島2、多良間島1

15th 2009/2/27~3/3 那覇市9(首里城、識名園=長男と)、石垣島10、与那国島3、西表島上原5、由布島、波照間島2、竹富島7=長男と2nd

14th 2008/9/12~9/23 那覇市8、漫湖公園、海洋博公園等ツアー、石垣島9、鳩間島2、与那国島2

13th 2008/6/27~6/30 那覇市7、漫湖公園、西原町マリンパーク、宜野湾市コンベンションセンター

12th 2008/2/29~3/4 那覇市6、宮古島1、伊良部島1、下地島1、来間島1、池間島1、大神島1

11th 2007/9/7~9/20 那覇市5、うるま市勝連半島、津堅島1、石垣島8、西表島白浜・船浮4、黒島2

10th 2007/6/22~6/25 那覇市4、名護市、本部、宜野湾市、伊江島1

9th 2007/2/16~2/18 石垣島7、西表島上原・船浦3、竹富島6

8th 2006/12/8~12/11 那覇市3、首里城、識名園、南風原町、知念村、斎場うたき、沖縄市

7th 2006/9/9~9/18 那覇市2、宜野湾市、南風原町、石垣島6、鳩間島1、黒島1

6th 2006/5/12~5/16 石垣島5、波照間島1、竹富島5

5th 2005/9/8~9/14 石垣島4、西表島上原・浦内2、竹富島4=長男と1st

4th 2005/7/1~7/3 那覇市1、北谷、残波岬、沖縄市、平和祈念公園、ひめゆりの塔

3rd 2005/5/19~5/23 石垣島3、与那国島1、竹富島3

2nd 2005/2/19~2/23 石垣島2、竹富島2、西表島上原・浦内1

1st 2004/12/4~12/8 石垣島1、竹富島1、小浜島1

久米島=①2011/12/24~12/26(宇江城城跡、畳石、ミーフガー、イーフビーチ等)

伊江島=①2007/6/23~6/24(タッチュー他島全般)

津堅島=①2007/9/8~9/9(トゥマイ浜他島全般)

宮古列島

宮古島=①2008/3/1~3/4

池間島・大神島=①2008/3/3

来間島=①2008/3/2

伊良部島・下地島=①2008/3/1~3/2

多良間島=①2009/9/26 (日帰り多良間島八月踊り初日)

その他旅行歴(最近の分のみ):

③和歌山市白浜 2010/11/23

②和歌山県南紀 田辺、中辺路、本宮大社、速玉大社、新宮、那智大社、串本

 2010/7/19~20(妻と)

①和歌山県南紀 串本、太地 2007/5/12~5/13(妻と)

五島列島福江島里帰り歴:

⑤2017/7/8~7/14(1人):福江島

④1996/8/10~8/16(家族)

③1974/12/24~12/28(弟と)

②1970/3/25~4/2(父、兄と)

①1965/7月~8月(母、兄弟と夏休み長期滞在)

次回からこの旅行記かきます。では。

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2017年10月31日 (火)

五島ともお別れ~長崎市内で休憩して

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さて、とうとう五島を後にする。すでに祖父、祖母、曽祖父などのお方には、富江宮下のお墓にて最後の挨拶をしてあり、心残りは無い。

ジェットフォイルに乗船する。

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船内。五島と長崎の間は約100kmある。最高速度80km/hとも言われているが、乗ってみた感じはそう早くない。なぜか静かなのだ。そして、この間には、太平洋戦争後、進駐軍にて沈められた旧日本海軍の潜水艦などが海底200mに眠っているとマスコミに報じられた。

200mというのはそんなに深くない。真下だから深く思うが、水平に置き換えると良く分る。

200mなんて自宅からほんのそこらのお店の距離である。歩くと2分だ。

それが真下の海となると、引き上げるのも困難な深さだ。不思議なものだ。

そんな海を渡る。

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船から見る。

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途中、奈良尾港に寄った。ここは上五島。行ったことがない。

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船券。

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長崎に着いた。出島。

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出島だが、今は陸続き。切り離して再び島にする?

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中華街がある。神戸や横浜と同じ。

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皿うどんを食べた。長崎なので。

これが結構まーさん。あっさりしている。くどくない。

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おもしろいの発見。

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バスに乗っていると、歩道に座り込んでいる幼児を発見。母親とはぐれたのかちょっと心配。

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市電も走っている。神戸も昔はあった。今はないが、富山市で走っているような市電を復活させようと言う構想を聞いた。なら、なんで市電を廃止したのだ、市電を廃止した京都、大阪もつまらん。

さて、この後は長崎空港(なにが長崎空港や、大村空港と言っても不思議でない)までバスで戻って飛行機で神戸まで。

で、終わり。

ありがとう長崎、そしてさようなら福江島、富江町。もう帰ることはないでしょう。

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2017年10月29日 (日)

福江島2017_07_13




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福江島の滞在もあとわずか。レンタカーは返却したので歩く。市街地。

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明人堂。中国関係。昔、ここにいたそうだ。

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六角形の井戸。これも中国関係らしい。確かに土圧を受けるにはいいかも。

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網がかぶせていある。

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市街地。

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ホテルの近く。

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福江城跡へ。

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お城の跡にある高校として有名、五島高校。

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父親が移住を決意していなければ、自分もひょっとしてこの学校に通っていたかもしれない。

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福江市の武家屋敷どおり。

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屋敷の囲障は石垣の上に玉砂利を敷いたもの。

なんでも、不審者が上に乗ると玉砂利が音を立てるので気がつくという「防犯上」の考え方らしい。

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さっきの赤いユウビンポストに投函した。

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いいなあ。赤いポスト。

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看板の字が逆になっている。

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反対から見ると合っている。

しかし、逆の意味は何だろうか?クルマのルームミラーで見ると正しいか。ふむふむ。

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伊能忠敬という測量技師の部下だった人の墓。右腕みたいにがんばった人なのにここで病死したらしい。

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坂部貞兵衛さん。家は本土の人なので、遠い五島で亡くなった気の毒な人。

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お墓もひっそり。今なら、ちゃんと遺体をどこでも移せるのに、昔は出来なくてその地に埋葬したのでしょう。合掌。

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草ぼうぼう。お手入れしてください。

この日は終わり。

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2017年10月28日 (土)

五島日記2017_07_12 Wednesday

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福江港から奈留まで790円。このときは行く気でいた。奈留島にはユーミンが作った歌がずっと歌い継がれている(とテレビで見た)奈留高校がある。

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たいようという名のフェリーだった。でも乗らず。

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結局行ったのは、福江島の堂崎天主堂。ずっと借りているレンタカーで。

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内部が工事中ということで半額(300円→150円)だった。

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内部は撮影禁止だった。宗教施設なので仕方ない。それにしてもひとがいない。

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五島には教会は多い。ウチの家系はキリスト教徒ではない。

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三井楽の遣唐使ふるさと館(道の駅)で食べたランチ。

ここの従業員のおばさんが、すごく愛想の悪い人だった。ニコリともしない人。つっけんどん。ろくな返事なし。沖縄と大違い。



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トイレの窓に。なるほど。

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これは参考になった。

この日はこれで終わり。

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2017年10月22日 (日)

竹内美雪選手

実は、昨日のマスターズGCレディースを観戦していたとき。

1番ホールの途中、つまり第二打地点のコース横(ボールが飛来することがあるので注意してくださいって危ないところ)で座って見ていたが、第3組でやってきた中にひときわ眼を引く選手が居た。

体にぴったりとしたウェアを着て(このときは雨は降ってなかった)きりっとした美人で、顔立ちは韓国系の目鼻立ちがくっきりし、胸は大きく、お尻の形も良い(どこ見てんねん!)

とにかく背もまあまあで、例えて言えば、3~4年まえの森田理香子選手のようなスタイル。

見るからにコンパクトなスウィングをするゴルフに想像でき、思わず、付いて回ろうかと思ったくらい。

この日は2アンダーからスタートし、終わってみれば6アンダーの5位とのこと。

生まれは神戸市ということで地元ではないか。どうやら日本と韓国のハーフらしい。顔立ちはそのせい?

まあ、個人スポーツであるゴルフに国籍は関係ない。

楽しみな選手が出てきた。これからもがんばってください。ちばりよ~

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ゴルフ観戦~マスターズレディース

実は、初日と3日目のマスターズレディ-スゴルフトーナメントに行ってきた。

以下は昨日の三日目(10月21日)のことである。

最終組の一つ手前、上田、畑岡、大江のペアに全18ホール付いて回った。付いて回るメリットは、やはり自分の運動にもなること。1箇所にじっと座って全選手の姿を見るのも良いが、それでは体に悪い。

おりしも午前八時半過ぎにはポツポツ雨も降り出し、九時半?以降は本降りに。

それでも全行程が終了したのは幸い。

桃っちは好調で、笑顔も見られた。すぐそばを歩く桃っち。畑岡さん、大江さんも。

大江香織選手は前から感じが良くて好きな一人。なんせ機嫌が悪くてふくれっつらしたのを見たことが無い。桃っちはこれまでは時折ふくれっつらになるが今日は笑顔も。

僕の眼からして、申し訳ないが畑岡選手は将来大スターになるオーラを感じない。

大物になる人は、どこか周囲の人を引き付けそれがオーラだが、彼女は周囲のギャラリーには全く無反応でそそくさと歩き、仏頂面。昨年までアマチュアだった18歳で初々しいはずなのに少々生意気な雰囲気すら漂わせている。

18ホールの途中から僕は一足先に客席スタンド(単管等を組み立てた仮設)に行き、ティー方向からグリーンを見て左手のスタンド最前列に座った。

土曜日の18番スタンドにその時分に行っても座る場所は無いものだが、このときは雨のせいで空席も多かった。

桃っちはグリーンのすぐそばのラフ(1stカットより外側のラフだが芝生の丈は短い)に第二打を落としたが、畑岡選手は左バンカーに落としたのだ。すぐ目の前で僕はずっと見ていたからアララである。

このバンカーショットを畑岡選手が打とうとした時、観客が(僕もいる)仮設スタンドで動き、ドンと音が響いた。その場にいたので分るが誰かがスタンドのベンチをまたいだかだ。

同選手は手を止めて、後ろを見上げ困った顔をした。この様子はカメラも捕らえた(MBS毎日放送)。

さあ、こんどこそはと構えたとき、再びスタンドがドンと響き選手の手が止まった。また同選手は後ろ見上げた。カメラもしかり。放送のアナウンサーは「声でもしたのでしょうか?」と言っていたが、違う。鉄骨の仮設スタンドの上を人が歩いた音だったのだ。

しかし、そこに居合わせた僕が弁護するが、ギャラリーは悪くない。というのも、畑岡選手が居たのはスタンドのすぐ2m位横のバンカー内。スタンドは高さが3mくらいはあって、一番後ろに観客が入場する入口がある。横位置と高さ位置を想像して欲しい。スタンドに居る観客は(最前列を除いて)バンカーに居る選手からは全く見えないし、逆に観客だって選手が見えない。つまり、見えない選手に配慮して足を止めるなんて無理な環境なのだ。

ところが、鉄骨スタンドなので、遠くで歩く音でも選手に響く、そういうことなのだ。

畑岡選手は、多少?キッとした表情だったが、僕に言わせると、あなたが見えていない人が歩いた音だから、そんなことを気にし、手を止めるあなたは器量が小さい人と判断した。そんなことでは大選手になれませんよ。

案の定、この後のバンカーショットはピンに寄らず、ボギーとした。

アナウンサーの発言に無言だった岡本綾子解説者は僕に言わせると見事。

一方、桃っちはアプローチショットがそのままカップに半回転して入りバーディー。

(このため、それまで10アンダーでトップを併走していた二人は、方や11アンダー、方や9アンダーと明暗が分かれた)

この瞬間は会場が大歓声だったが、僕もその1人。思わず声が出るってこのこと。

選手の去り際、右のスタンドからは「桃ちゃん、ナイスバーディー!」の大声が出て、本人もありがとうって返していた。

陰に隠れた大江香織さんだが、あのステディーなプレー、僕は好きです。

会場の帰り際、ミスタードーナツが値引きされて、5個400円だったので買って帰りました。

それ以外に、朝は入口で折りたたみ椅子ももらえて満足でした。のぶたさんありがとう。

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2017年10月 8日 (日)

五島列島福江島日記2017_07_11富江町

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富江町はかつて、福江市と張り合った町。だから、銀行の支店まである。

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このモニュメントがちょっと恐い気がする。珊瑚の枝でしょうか、でも血か血管みたい。

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枝に座ったお姉さんは胸のブラジャー代わりに貝殻(シェル)を当てています。

ブラの紐が無いのによくまあカップが落ちないもんです。

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富江で開いていた食堂。ここで食べた。

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富江神社とか宮下に行くまでに古い住宅の敷地町並み。今時、溶岩石の囲障は貴重。

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たっしゃかランドの前の浜。

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富江の古い石蔵。

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母親が良く覚えていて、これが立派と言っていた。

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でも、中はこのとおり。草ぼうぼう。きれいにしてよ、五島市さん。史跡が泣くよ。

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その目の前のこのあたりが、自分の生まれた家の付近。

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これかな?もうわからん。

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あるく。

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鬼岳に来た。福江島の山。

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よし、登ろう。

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霧がすごい。

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頂上に上った。標高315m。風がきつい。誰もいない。

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降りてきた。天文台もある。

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中止。がっかり。

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トイレ。

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五島市さんよ、あなたの財産というなら、もっと最新の設備にしてください。

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いまどき、古すぎます。

で、この日の日記は終わり。

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2017年9月30日 (土)

五島福江島日記2017_07_11(岐宿町)

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朝は福江港に行って、ターミナル内のうどん店で「五島うどん」を食べた。きつね。480円。

結構美味い。だしはアゴだし。

ただし、店の調理のお姉さんは全く愛想悪いのでそこは0点。沖縄、石垣島ではありえない。

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岐宿(きしく)のドンドン渕。滝の落ちる音がどんどんと響く。実際もそうだった。

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ここは大変道の狭い奥にある。レンタカーは軽だが、幅はギリギリ。対向車が来たらアウト。

えいやと一番奥まで進んで、誰もいない駐車場に車を停めて滝まで歩いた。人は誰もいない。寂しい限り。

滝を見た後クルマまで戻る道中、若い女性とばったり会った。これから滝ですか?歩いて5分くらいですよと会話して別れた。

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彼女の乗ってきた車。これもレンタカーだった。若い女性の一人旅。それもこんな寂しいところ。きをつけてね。

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城岳展望台。見晴らしは良い。ここも人影は無し。

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岐宿の海が見える。

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望遠鏡はタダで見られるが、古くてぼけていた。

さあ、ここで岐宿を離れ、再び生まれ故郷の富江に戻ることに。レンタカーがあるからそれも自由に出来る。

つづく。

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2017年9月18日 (月)

玉之浦町、三井楽日記~2017_7_10つづき(小浦など)




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さて、今年の7月10日。玉之浦のアコウを観に行きました。

小浦という入り江になったところにあります。

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海に近いのに、急にうっそうとしたところです。

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看板がありますが、読むのはまあめんどくさいものです。

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根がすごいです。

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小浦ビーチに寄りました。海開きが7月15日くらいで、寂しかった。こんな南国ムードなのに海開きが遅すぎます。

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小浦からの戻り、気になったバス停。

「住宅前」!!

他に住宅なかったのかな?

まあ、日本あちこちには「○○さん前」とかいった類のバス停があるそうですから不思議ではない?

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役場です。

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その前のお店。ちっちゃなスーパーですね。

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なかなかリアルな標識ですね。でも、飛び出しても、ぶつかった相手が90歳オバーのヨボヨボ自転車なら死なないと思うけどなぁ。

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頓泊まりビーチ。玉之浦町の北部です。

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ここもオープン前。つまらん。

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頓泊まりのすぐ北が三井楽町の、僕が大好きな「高浜海水浴場」日本でも有数の綺麗な遠浅のビーチです。

前回来た時は、海の家もトタン屋根でしたが、今は立派な施設になってます。

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泳ぎたかったなぁ、でも無理。

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小学校ありました。

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三井楽の郵便局です。三井楽は父親が仕事のために長期間住んでいたと聞きました。

また、弟が生まれた場所のようです。

さて、続きます。

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2017年9月 3日 (日)

福江島日記~玉之浦(祈りの女神)

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H29年7月10日。

玉之浦に行きました。大瀬崎です。

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ここには祈りの女神像があります。

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結構昔の像です。凛とした姿勢です。

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祈りの女神様、上半身裸です。

いやでも目に付く胸を見ていただけたら分るのですが、この女神様の胸は、綺麗な形の上にプルンと正面に突き出たなかなかの巨乳です。作者は男性ですが、相当、巨乳が好きだったに違いない。

昔は船乗りは男ばかり。安全を祈る女神様に母親とか妻、あるいは彼女の思いを重ね合わせ、豊かな胸でも眺めさせてあげ、心を癒してあげていたのでしょうか。

完成してから45年ほど経ちますが、これからもその誇らしげな巨乳を海の男達に見せてあげて航海の無事を祈ってください。

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海の安全を祈ってます。

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案内看板もすぐ下にあります。

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昭和46年に改築された灯台は今も健在だと思います。が、この日は深い霧で良く見えませんでした。

この写真に写っているセーラー服の少女がもし中学3年くらいだとしたら、僕とほぼ同年です。今頃元気にしているのかな?

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今年の2月に竣工したばかりの公衆トイレもあります。

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中はこんなに綺麗です。

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暖房洗浄便座でないのががっかり。

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ここからは灯台が見えました。さっきの祈りの女神像が立っている箇所からほんの少し高度が下がったばしょですが。

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有名な玉之浦の大瀬崎灯台ですよ。

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丁度観光バスも着ていて、展望台から見ていました。

で、ここからもっと先へ行きますが、それはあとで。

つづく。

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2017年8月14日 (月)

富江町7月9日つづき

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富江神社の近くの井戸。

恐ろしいことに、蓋もなし。子供が落ちることはないのか。

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父親の実家。といっても建替えられている。もう、昔の面影は無い。

近くで、自分の祖父と曽祖父の墓を見つけた。久しぶり。

「ただいま、おじいちゃん」と言いました。

祖父は僕が生まれる前に亡くなったので知らないでしょうが。Dscn3917


富江町土取。

ここの近くに叔母さんの家がありましたが、今は廃墟になってました。寂しい限り。

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近くの浜。

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八幡瀬(ばばんせ)というらしい。

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勘次ヶ城あとの像。

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只狩山展望所。富江湾が一望できるとある。

いや、昔はそうだった。いまはダメ。

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周りの木々、特にソメイヨシノが大きくなって視界をさえぎる。なんでもかんでも植樹すればいいというものではない。伐採すべき。サクラだからって遠慮は要らない。

ぐるっと回って思ったが、五島市は富江の町にもっとお金をかけて欲しい。

ほったらかし。

人もいない。

金も回らない。もっと人は来なくなる。

すたれる。

これが自分の生まれ故郷と思うと悲しい。

そう思った日。

明日へつづく。

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