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2018年11月22日 (木)

四か字オンプール、730の日、ニーロー神

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2018_07_30日記。石垣島のゆーぐれなもーるに、ファッションタウンうえはらという服屋さんがある。手ごろな値段でちゃんとした「かりゆしウェア」が買えるお店である。手ごろというのは訳があって、みんさーおりの上等なもの(数万円)ならみねや工房とかみんさー工芸館などあるが、一万円未満で買えるというもの。
ここで、8000円から9000円のかりゆしウェアを2着買った。
さて、写真であるがこの日は「四ケ字のオンプール」の日であった。実は今回の旅行は、これと明日のムラプールを見るのが目的であった。
四ケ字(しかあざ)とは、登野城、大川、石垣、新川という、市街地にある字(おそらく昔は部落というか村というか)のことである。
オンとは漢字で書くと「御嶽」である。「うたき」とも発音するが、この地方では「オン」と読む。では、プールとは何か?
豊年祭は旧暦6月に稲の収穫祭として行われるが、方言では「プーリィー」とか「プール」という。
つまり、四つの字でそれぞれ行われる豊年祭が「四ケ字オンプール」である。
Dscn5029 登野城においては、午後二時から「天川(あまかわ)オン」にてオンプールがあり、見に行ってきた。
最初には神事が行われるが、そのあとは石垣二中とか八重高郷土芸能部の演技もあり華やかになる。八重高のカラード隊の演技はとても御嶽の環境には合わない現代風だがそれはそれで良い。
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ちなみに僕は「マミドーマ」が大好きです。
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場所は裁判所のある通りなんですよ。
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で、昼はこれでおわり。
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ところで、この日は「730(ななさんまる)」の日でしたね。
1978年(昭和53年)の7/30に本土並みに交通ルールが改まった日とのこと。
いや、実はその頃は僕は社会人でもあったのですが、このことは覚えてません。いかにその頃は沖縄に興味が無かったか・・・・です。というのも、そのころは沖縄といえば本土復帰して未だ6年で、旅行費用もめちゃくちゃ高くて、テレビに出てくる沖縄旅行は褐色の肌のビキニ姿のおねーさんが誘っているのですが、とてもおいそれと行けたものじゃありませんでした。だから興味がわかなかったのも無理ありません。
夜は、お友達の真澄さんに連れられて宮良に行きました。写真撮影は厳禁なのですが、「ニーロー神」の中のクロマタ(クルマタ)とアカマタが登場します。
アカマタは男の神様でアカウムティ(赤色の顔面)です。
クロマタは女の神様でクルウムティ(黒色の顔面)です。
この歴史を簡単に書きます。
発祥の地は西表島の古見。
後に小浜島、新城島上地に広まり、1,771年明和の大津波によって多大な被害を受けた宮良村(人口1221人の内溺死が1050人)は、当時人口の多かった小浜島から320人が移住し合計491人でやっていくことに。
その時、小浜島のニーロー神の分祀の形をとり宮良にも上述のアカマタ、クロマタがおられるとのこと。
ちなみに「ニーロー」とは「底の知れざる穴の意味で、すなわちニライカナイの海のはるかかなたの国から降臨する神という意味」とのこと。
    以上は、「石垣市史(平成19年3.28)各論編_民俗下 丸正印刷」から引用
で、実際の神様は体も大きくて怖いです。夜なので不気味さが増します。
各家庭を一軒ずつ回ります。家庭は縁側を開放し、お神酒などを用意しておきます。
近づくと大きなドラの音が響きわたり緊張感が高まります。
どの順番に回るかは、神様の周辺にいる役の人に聞くと教えてくれます。先回りすると何軒かを見ることができますが、決して神様の後を追いかけてはいけません。
真澄さんは子供ころ追いかけて行って、「こらー!」と怒られたそうです。
今日はここまで。つづく

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